深大山禅那院と号する久昌寺は、延宝5(1677)年に徳川光圀公が生母の谷久子を弔うために建立した寺院。久子の法号である「久昌院靖定大姉」からその名が付けられました。当初は現在の稲木町に建てられたものの、幕末の混乱期の影響を受けて荒廃。明治3(1870)年に現在の場所にあった久昌寺の末寺・蓮華寺と併合することで再建されました。堂宇は本堂、庫裏、聚石堂、三昧堂、大宝塔などを備えているほか、年代ごとの光圀公の顔を掘った「木彫義公面」や公の暮らしぶりが細かく記された「日乗上人日記」、文永元(1264)年に書かれた日蓮聖人の消息文などの多くの寺宝が残されています。また、寺のすぐ後ろには、光圀公の遺徳を偲んで建てられた「義公廟」があります。
常陸太田地区 |
常陸太田市新宿町239 |
0294-72-4888 |
3台 |